身柄事件と在宅事件『HERO第10話から想うこと』
警察や検察では、被疑者を逮捕・勾留した上で捜査する事件を身柄事件、被疑者を逮捕・勾留することなく捜査する事件を在宅事件と呼びます。
罪を犯した人やそのご家族にとって、身柄事件となるか在宅事件となるかは、人生を大きく左右する可能性があります。逮捕・勾留されると、会社や学校へ行くことはできなくなります。会社をクビになったり、学校を退学になることがあるかもしれません。目の前で大好きな父親が手錠をかけられて警察署へ連れて行かれるのを見た子供は、トラウマになってしまうかもしれません。妻や子供たちは、いじめに遭ってしまうこともあるかもしれません。
このような現実を皆さんはどう思われますか?罪を犯したんだから、当然の報いだと思われますか?警察や検察からも、これくらい当然の報いだという思想を感じることがあります。このような思想に基づき、罪証隠滅や逃亡を防ぐためではなく、罪を犯した者を懲らしめるために、あえて逮捕・勾留しているのではないかと感じることがあります。
しかし、罪を犯したことに対する報いは、裁判所が決めた刑罰によって与えられるべきものであり、警察や検察によって与えられるべきものではありません。あくまで警察や検察は、真実を明らかにするために知力を尽くし、捜査や公判活動を行う機関でなければなりません。人の自由を奪い、ときに有意義な人生を終わらせることさえある絶大な権限を持たされているので、常にそのことを意識し、権限の行使には慎重でなければなりません。しかし、日常的に犯罪と向き合う中で、権限の行使に慣れてしまい、罪を犯した者やその家族の人生に思いを馳せることなどできなくなっているように感じることがあります。
ただ、私の大好きな『HERO』というドラマ(第10話)で、木村拓哉さん演じる久利生公平(検事)は、誤認逮捕された被疑者が自殺した事実を隠蔽しようとした刑事に対し、こう言って吠える場面があります。「俺たちみたいな仕事ってな、人の命奪おうと思ったら簡単に奪えんだよ。あんたら警察も、おれら検察も、そしてマスコミも。これっぽちの保身の気持ちでな、ちょっと気ぃ緩めただけで人を簡単に殺せんだよ。俺らがそういうことを忘れちゃいけないんじゃないんですか。」と。警察や検察は、久利生公平の言葉を胸に、犯罪と向き合ってほしいと思いますが、残念ながら常にそうなっているわけではないのが現実です。
そのため、我々刑事弁護人は、警察や検察の誤った権限の行使を止めるため、例えば、在宅事件でも捜査が可能であるのに、罪を犯した者を懲らしめるために、取調べを容易にするためだけに身柄事件としたような場合、あらゆる手段を講じて早期釈放を求める必要があるのです。